私のパソコンに残っている記録によると、松本清張賞に応募した「蟠桃堂の談話室」をゼロベースで書き直し始めたのは、2019年10月4日のこと。
次なる目標は文芸社の『第3回 歴史文芸賞』。
応募の締め切りは、2020年7月31日でした。

文芸社の歴史文芸賞は歴史に関することなら何でもOK! という懐の広いコンテストで、字数制限もなし。最優秀賞に選ばれれば、文芸社文庫より全国出版されます。
松本清張賞に応募した作品は、400字詰め原稿用紙換算(一太郎計算)で425枚、総文字数で約17万字でした。それを一から書き直した作品のボリュームは、総文字数49万字余り。400字詰め原稿用紙換算で1231枚。
およそ3倍になった作品は、A4判横に縦書きで1行40文字、1ページの行数が32行の書式で590ページにもおよぶ超長編小説となりました。
歴史文学賞に応募した「オブシディアンの指環」の章立ては以下の通り
第1章 はじまりの言葉
第2章 倭国王 登美彦
第3章 神日本磐余彦
第4章 たった1つの約束
第5章 なんのために?
第6章 帰還
第7章 敗者の歴史
第8章 疑惑
第9章 遠き想い出の記憶
第10章 時の回廊
第11章 地主神
第12章 瀬織津姫の遺言
第13章 朱の迷宮
第14章 回帰
第15章 混沌
終 章 時を繋ぐもの
物語の流れとしては、第1章から第6章が前半、第7章からが後半という構成です。
前回、三幕八場のお話をしたと思いますが、以下のように物語全体にこの考え方を適用しています。
第一幕 第1章から第6章
第二幕 第7章から第14章
第三幕 第15章と終章
さらに第1章から第6章が前半、第七章からが後半という構成になり、
前半部分は、
第一幕 第1章
第二幕 第2章から第5章
第三幕 第6章
後半部分は、
第一幕 第7章と第8章
第二幕 第9章から第14章
第三幕 第15章と終章
このような設計(プロット)になっています。
物語全体としては、日本の古代史に潜む疑問に主人公の藤井夢心を中心に挑んでいくというストーリーですが、その背後にあるテーマは「生きること」です。
私たちは、一人ひとりがかけがえのない存在であり、誰かと比べて秀でているとか劣っているとか、比較するものではありませんし、比較できる者でもありません。
私たちは、誰もが知らず知らず、常に誰かが誰かを必要としているのであり、必ず誰もが誰かの役に立っているのであり、必要でない存在などありません。
だから、誰かが誰かをいじめていいはずがなく(そもそも私は、いじめは刑法上の犯罪だと思っている)、一人ひとりが尊厳を持って生きていいんだと、あなたがそこに生きて存在していること、それ自体に尊い意味があるんだと、そう伝えたかったのです。
物語の前半部分では、主人公の藤井夢心とライバル関係にある花咲心優の対立が描かれていますが、後半では二人が協力し合って問題解決に当たる様子を描いています。そしてこの二人の間を上手く取り持っていくのが大野沙羅です。
この三人が互いに手を取り合い、それぞれがそれぞれの存在と力を合わせて生きることと戦っていく姿をぜひ、読み取って頂けたら、と思っています。
書き上げた物語は、一太郎の校正機能を使いながら何度も何度も読み返し校正しました。思っていたよりも誤字、脱字、変換ミスは多いですし、チェックしたはずのところが直っていなかったり、表記の揺れにも氣を遣いました。
「オブシディアンの指環」は、タイムスリップ、パラレルワールド(平行世界)といった、いわば鉄板ネタですから、特に時間軸に齟齬がないかどうかは念入りにチェックを重ねました。
そうして、作品は2020年7月29日に校了。
私は文芸社のサイトから「第3回 歴史文芸賞」の応募ボタンを押しました。
選考結果の通知が来たのは、9月中旬くらいだったでしょうか。
通知書には、9月吉日としか記載されていないので、ここの記憶は曖昧です。
通知書の文面には「この度は残念ながら選外となりましたことをご報告申し上げます」と書かれていました。
そして、こうも書かれていました。
「応募作品の書籍化に関してご興味・ご検討されている方には、個別に作品の講評をお出しすることが可能です、以下の(株)文芸社出版企画部までお気軽にご連絡いただければと存じます。応募作品に込められた想いにつきまして、お話しをお聞かせくだされば幸いです」
これも前に書きましたが、執筆者というのは、自分の作品の評価を訊きたいものだと思います。自分で書いた作品ですから、自己評価が高いのは当たり前です。自分が好きなジャンルを自分で好きなように書いているのですから。
でも、それが一般大衆、世間ではどんな風に評価されるのかは、全く別問題ですから、自分の作品の評価、それも出版社という「プロ」の目に、どんな風に映ったのかは、氣になります。
速攻で書評希望の連絡をしました。
書評は直ぐに届きました。
日付は令和2年9月24日です。なので、選外の通知を頂いたのが9月の中旬くらいかなと思ったわけです。
「作品講評」と題された講評は、A4判の用紙3枚分、びっしりと書かれていました。そして4枚目にこう書かれていたのです。
「お寄せいただいたご著作に関しましては、原稿審査担当部署にて丁重に拝読した結果、2021年度の新刊書籍として全国流通できると判断されましたことをご報告申し上げます。(中略) これだけの大作になれば、分冊を提案したいと考えます。出来れば、専属スタッフを付けるので一緒にブラッシュアップをして完成度を高めていただきたいと考えます」
全国流通できると判断していただけるのなら、コンテストで選外にしなくてもいいじゃないかと、そう思ったりもしましたが、まぁ、文芸社はもともと自費出版を中心とした会社ですから、こういったコンテストで原稿を募集して、そこから自費出版に繋げていくという方法は、普通にあるのです。
なにしろ著者は常に自分の本を一人でも多くの人に読んで欲しいと思っているわけですから、そこに需要と供給の利害が一致するわけです。
が、私にとっては自費出版の前に書評自体に氣になることがありました。それはいただいた書評のほとんどが作品の要約になっていたことでした。
本当の評価を担当者に会って直接話を聞きたい。そう思ったのです。
電話しました。
そしてコロナ禍にも拘わらず、10月1日に私は、東京新宿の文芸社本社まで行きました。
当時は、文芸社から出版された作品でおそらく最大のヒット作品となった「余命10年」のプロモーションをしていました。
文芸社の宣伝をするわけではありませんが、血液型別の「自分の説明書」も文芸社から出版されたヒット作品の1つですね。
初めて会った出版業界の方。若い男性でした。
私の作品をプリントアウトして、巨大なクリップで留めて、腕に抱えた状態で打ち合わせ室に入ってこられました。
いろいろ聞こうと思っていったのですが、聞きたいことの半分も聞けませんでした。言われたのは、物語の所々に「説明」が入っていて、そのために作品全体が間延びしてしまっている。長編小説とはいっても、正直長すぎるので、ブラッシュアップして、削れるところは削っていきたい。分量もあるので、スタッフは2人付けましょうと。
そして最後に出版する際のお値段のお話しに。
このとき提示されたのは口頭でのお話しでしたが、ハードカバー仕上げで、上下巻合わせて700万円という、シンジラレナイお値段。とてもとても、手が出るお値段ではありません。検討しますといいながら、丁重にお断りをして帰ってきました。
そして自宅に帰ってきた、ほぼその瞬間のことでした。文芸社から電話が掛かってきたのです。
「なんだろう?」と思って電話に出ると、今日、私が会ってきた人とは別の部署の別の方からのお電話でした。しかも女性です。聞けば、私が歴史文芸賞に応募した作品を別の部署でも読んでいて、そこの部長さん? (うろ覚え)が大変気に入って評価しているので、出版しませんか? というものでした。
「いやいや、今日、わざわざ東京まで行って、そちらの会社まで行ってきたんですよ」と返します。同じ会社内で情報共有できてないじゃん。
しかも700万円のコストを掛けてまで出版は出来ないと思っていたので、この電話のお話も丁重にお断りをさせていただきました。
その日、私が会ってきたのは、出版企画部所属の方で、電話を頂いたのは編成企画部所属の方でした。何が違うのかは、未だに分かりません。
こうしてこの時点では、文芸社から自費出版する道は自ら絶ってしまったことになるのですが、書き上げた物語は何としてもカタチにしたい。その想いだけは逆に強くなってしまいました。そして、ここから悪戦苦闘の自費出版への道が始まるのです。
次回は、はじめての自費出版のお話しです。
因みに、文芸社の歴史文芸賞はこの年の第3回以降は、開催されていません。



下記の文芸社文庫の作品は、基本、絶版になっています。
上記のAmazonのペーパーバック「オブシディアンの指環」が最新版になっています(Kindle版もあります)。


コメント