昭和60年(1985年)4月、私は無事に立命館大学に入学しました。
初めての京都。身内親戚知人友人、誰もいません。
何をするにも判断基準は、わずか18年という時間で積み重ねてきた自分の価値観のみ。24時間の時間の使い方総てが私個人の判断に委ねられています。
これは大学在学中のことですが、大阪駅で待ち合わせをしていたとき、京都から向かう電車の関係で予定より少し早めに着いていた私は見るとはなく、巨大な駅の中を行き交う人の流れを見つめていました。そして氣付いたのです。

自分が見ている全ての人がそれぞれの判断で右に曲がったり、左に行ったり、立ち止まっては歩き出し、エスカレーターに乗ったり階段を駆け下りていく。
その一瞬一瞬の判断が、その人の直ぐ先にある未来で出会う人を変え、出会う人が変わればその人の人生そのものが変わる。そのとても小さな決断と未来の積み重ねこそがその人の人生になるのだと。
この考え方は、拙著「オブシディアンの指環」の根底にある哲学の一つになっていると思います。オブシディアンの指環には、こうした還暦おじさんの生きてきた時間、そこで培った感性や価値観が詰め込まれているのです。
入学式直後の大学のキャンパスには様々なサークルの看板が掲げられており、通路という通路にサークルの新歓活動のブースが出て、ものすごい熱気に溢れていました。父が国鉄職員で、いわゆる「乗り鉄」の氣があった私は「テッちゃん」系のサークルを覗いてみたりしたのですが、イマイチ氣乗りしません。
私が進んだのは文学部地理学科地理学専攻。
何故に「地理?」と思うかも知れませんが、当時の私には地理しかなく、いまにして思えば、なぜ歴史ではなかったのか。そこもまた人生の不思議。
地理学科では学生が2つのクラスに分けられて、それぞれのクラスに上級生、大抵は2回生の先輩が、指導役、オリターとして付きます。
私たちの時にはAクラスには地理学研究会、通称地理研所属のM先輩が、私のBクラスには、社会地理学研究会、通称社地研所属のT先輩が付きました。これでサークルはほぼ決まったようなものです。
私は、社地研に入会しました。
社地研は地域問題に経済学的アプローチをする、当時としてはかなりラディカルな学術系サークルで、顧問の先生も地理学の先生ではなく、経営学部の先生でした。
毎年、いくつかのグループに分かれて、どこどこにはこういう地域問題があるから、これを調査研究しようと、調査対象地域を決める所から始まり、対象地域が決まったら社会地理学理論をはじめとする学術的アプローチを行い、さらに農業や工業、商業、地域社会といったテーマを決めて地域調査を行い報告書を出す、という活動をしていました。
私が1回生の時の調査対象地域は、福井県丸岡市。
最終的な「地域問題調査研究報告書」には「都市の影響による地域中心集落とその周辺の変容」というタイトルが付けられています。
福井市の巨大化に伴い、周辺都市丸岡(ネームタグの生産で有名)の産業構造の変化、社会関係の変化、高越体型の変化などが現象化し、それは同時にその背後にある人間生活の変化であり、それを社会的人間問題=社会問題として捉え理解する、そんな視点に立脚した調査研究でした。
いまでこそ、こんな風に書くことが出来ますが、当時は社会地理学などという言葉も知らず、地域問題を研究するという意味すら理解していませんでした。
そこでBクラスのオリターでもあったT先輩に社会地理学を勉強するためにオススメの本を聞くと「論攷を読め!」と言われました。
論攷とは「社会経済理地学論攷-現代における世界像の把握-:奥田義雄著大明堂発行」の専門書で、当時の価格で1,800円。貧乏学生の私には決して安い本ではありませんでしたが、買いました。余談ですが、地理学の専門書は概して高かったことを覚えています。因みにこの社会経済地理学論攷の初版は昭和44年9月。私が買ったのは、昭和61年3月発行の第18刷でした。長く読まれてきた本であることはよく分かりますが、難しすぎて最後まで読むことは出来ませんでした(論攷に限らず、当時買った専門書の多くはいまでも大事に持っています)。
私たちがサークル活動でメインの学術書としたのは「最近の地理学:坂本英夫、浜谷正人編著 大命堂 昭和60年5月初版」でした。そう、発刊されたばかりの文字通り、当時最新の地理学書でした。
この本もいま手元にあるのですが、なかなかどうして、翌こんな難解な本を読んでいたものだと思います。学術書特有の書き方があって、それが読み手をより難解にさせるのだと思いますが、当時はみんなでこの本を読み合わせをしながら意見を出し合っていたわけで、恐らくこれが、本を熟読する、という初めての経験だったと思うのです。言葉の使い方や言い回し、それに起因する解釈の違いなどを知らず知らず、学んでいった時期だったんだと、いま振り返ってみて、そう思います。
文章読解の苦手克服【オンライン速読解力講座】
経験は、それを目的とするのではなく、普段の当たり前の日常の中で知らず知らず繰り返されているもので、だからこそ一度身についた知識や経験は、その人にとって誰にも奪われることのない、その人固有の財産になり、それがその人個人を醸し出していくのだろうと思うのです。
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