自費出版への道 2 中学生の時、学校の上空を飛んだゼロ戦を書いた学級新聞

奮闘記

 私が中学2年生の時のことです。

 第二次世界大戦時に活躍したゼロ戦が、いわき市のそれも自分の町の上空を慰霊飛行することになったのです。

 プラモデルでしか知らなかったゼロ戦が自分たちの町の上を飛ぶ。それは中学生の私にとっては、もう人生の一大イベントに等しい出来事でした。

 ゼロ戦は、東京の国立科学博物館で実物を見たことがあります。

 初めて見たゼロ戦は、思っていたよりも小さくて、でも機体全体に施されたリベットの一つひとつが何故か愛おしくて「この機体はいったいどこの空を飛んでいたんだろう」、「いまここにあるということは特攻には言ってないんだよね」とか、「この機体には一体どんな人が乗り込んでいたんだろうとか」、私の妄想が物言わぬ戦闘機に語りかけていました。

 そのゼロ戦が、実際に、空を飛んで自分の住む町にやってくる。

 信じられない思いとワクワク感が交差して、その日を迎えました。

 学校の2階のベランダから町の上空をクラス全員で見つめます。見れば、3階の3年生の教室からもガヤガヤという声が聞こえます。

 「ぶぉ~~~ん!」というエンジン音とが遠くに聞こえます。

 でも機体が見えません。私は校舎の2階、西の端っこのベランダからゼロ戦を探します。

 「ぶぉ~~~ん!!」

 さっきよりも大きなエンジン音が聞こえて、それは間違いなくどんどん大きくなって来ます。

「ぶあ~~~ん!!」

 私たちのいる校舎の真正面にその姿を表したゼロ戦は、あっという間に僕たちの教室の真上を飛んで、通り過ぎていきました。

目に焼き付いたのは灰色の翼に真っ赤な日の丸の

 たぶん、戦闘機とかゼロ戦とかに全く興味すらなかったであろう、女の子たちも「うわぁ~~っ!」と声を上げていました。

 後日、福島県全体を飛行する慰霊飛行のゼロ戦の写真を希望者が買える通知が来ました。私は、いわき市の上空を飛ぶゼロ戦と磐梯山をバックに飛ぶゼロ戦の2枚の写真を注文したことを覚えています(もしかしたらいわき市の上空ではなかったかも)。

 当時、学級委員でもあり新聞部員でもあった私は、学級新聞に「ゼロ戦 来たる!」と、記事を書きました。

 その記事は、一気に書き上げた記憶があります。

 小学校のときの「広大にして悠久なる宇宙」に続いて、私の中にある「書いた」記憶です。それがとても好評で、モノを書いて誰かに認めてもらうという経験を積んだのです。

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