松本清張賞に応募した「蟠桃堂の談話室」を、ゼロベースで書き直すことにした私でしたが、どうせなら、今度こそちゃんと書きたいという思いが強くありました。そこで、私はこれまでやってこなかったことをやりました。それは、
① 小説の書き方のサイトを探して、勉強したこと
② 写経をしたこと
③ 人物の設定、特に主人公に関しての設定を細かく行ったこと
いままでと同じ事をしていたら、同じような小説しか書けないと思った私は、ようやく重い腰を上げ、つまり自惚れという自己流から離れて、はじめて客観的に小説と向き合うことにしたのです。
インターネットには、多くの小説投稿サイトがあります。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリス、エブリスタ、ノベルアップ+、NOVEL DAYSなどなど、開いてみれば、こんなにも多くの人が自分の作品をアップしていることに驚いたものです。
物語やエッセイを書いているのは自分だけではない。
自分よりも優れた作品を世に出している人がこんなにもたくさんいて、しかもこんなにたくさん書いても商業出版に漕ぎつける人は、ごくごく僅かなのだという、ごくごく当たり前のことに初めて私は氣付いたのです。
野球の上手い人はたくさんいる。でも、その中からプロ野球のドラフト会議で名前を呼ばれる人は、ほんの一握りの選手だけ。でもドラフト会議で指名されて、プロ野球選手になったとしても、ほとんどの選手は1軍の試合に出ることすら叶わず、選手生命を終えていきます。
スターになりたいと言って、多くのオーディションに応募しても書類審査を勝ち抜くことすら出来ず、書類審査を通っても実際のオーディション会場では、集まった人全てが自分よりも優れているように見えてしまうし、仮にオーディションに合格しても、必ずしてもスタートしての未来が約束されているわけではありません。
ある日、地元にある比較的大きな本屋さんに行って、2階に上がる階段の踊り場から1階の売り場全体を見渡したことがあります。整然と並ぶ書棚には数え切れないほどの本が並び、店の入り口正面やレジ近くには、多くの平積みされた本が並んでいます。私が見渡したこの視角の中に、一体どれだけの本があるんだろうと思うと、頭がクラクラしてきます。
こんな無数の本の中から無名の作家の本を手に取って、さらにページを開いて、あるいは本の帯や裏表紙に書かれた短い紹介文を読んで「買って読んでみようかと」レジまで持って行かれる本は、数多の星の中から特定の星を探し出すに等しい奇跡だと、私はそのとき思いました。
インターネットで、小説を書くときの指南になるようなサイトはないかと探していたときに、「凡人のための執筆工程表」というサイトが目にとまりました。
詳しくは、上のLinkから詳細を確認していただきたいのですが、例えば、使用するジャンル(ネタ)のことであるとか、コンセプト、セントラルクエスチョン、メインプロットなど、小説を書くにあたっての基本中の基本が、理路整然と、しかもとても分かり易く書かれていたのです。
私は、このサイトを貪るように読みました。そしで出会ったのです。
「三幕八場」というアイディアに。
また主要キャラクターについても、詳しく述べられています。
ここに書かれていることを参考に、私は主要キャラクターにそれぞれ誕生日を設定し、どこの小学校、中学校、高校に行き、どんな部活動をし、誰と出会ったとかということを、Excelで時系列に並べました。私の物語の中に、はじめて時間が流れた瞬間でした。
そのサイトで紹介されていた「物語工学論」という本も買って読みました。
詳しくは「還暦おじさんの私的図書館 Vol.5 物語工学論」を参照ください。

「凡人のための執筆工程表」と「物語工学論」のお陰で、私のキャラクター作りは、全く様変わりしました。
「蟠桃堂の談話室」と同じように、物語の主人公は藤井夢心としたのですが、その人物像は全く異なります。
談話室での夢心は、アトピーに悩む声の小さな引っ込み思案の暗い性格で、いじめられっ子。それが書き直した物語では、運動神経抜群の健康優良児で、勉強は得意ではないけれど、歴史についてだけは他の追随を許さないほどに詳しい、クラスでも人気者の明るく闊達な女の子という風に、真逆の設定になりました。
また舞台も蟠桃堂という漢方薬局から、コーヒーとカレーの美味しい喫茶店に変え、古代の歴史を語る際に「談話室」では、現代の奈良に足を運んだのに対して、タイムスリップや平行世界(パラレルワールド)という鉄板ネタを仕込みました。
そして、主人公の夢心に対しては「オブシディアンの指環」と「天羽々斬剣」という「ツール」を持たせました。そして、主人公の夢心に対しては「オブシディアンの指環」と「天羽々斬剣」というアイテムを持たせました。
それはまるで、ウルトラマンのスペシウム光線や宇宙戦艦ヤマトの波動砲のような絶対的に主人公を守る必殺のアイテムで、物語に登場される度に新たなアイディアが追加されて行きました。
これらの多くは「凡人のための執筆工程表」と「物語工学論」からヒントを得たものですが、これだけで小説が書けるようになるわけではありません。私は「執筆工程表」にあった「三幕八場」という概念に注目しました。
三幕八場とは、物語を構成する基本要素、骨組みというべきもので、まず物語全体を大きく三つの展開=幕として考え、更に導入部としての第一幕には二つの場面を、メインストーリーともいうべき第二幕には四つの場面を、最後の三幕には物語のクライマックスとエンディングの二つの場面を盛り込みます。
この概念に触れたとき私は、文字通り、雷に打たれたような衝撃を覚えました。「これだ!」と思ったのです。
以降、私はこの三幕八場の考え方を中心に物語のプロットを作り始めました。プロットという言葉や考え方を知ったのもこのときで、三幕八場の概念を知ったお陰で、プロットという考え方もすんなり頭の中に入ってきました。
Excelの縦軸に三幕八場を立てて、それぞれに合計8つの場面を宛がいます。そして、それぞれの場面の要旨を書き込んで、物語全体の展開を考えていきます。同時に横軸に登場人物を割り当てて、それぞれの場面で誰がどこで何を考え、どんな風に発言し行動していくのかを、頭に思い付くままに箇条書きにしてどんどんExcelの枠内に書き出して行きました。
これが面白かったです。
いちど人物に物語を語らせ始めると、次々と湯水のようにアイディアが溢れてきて、頭の中で物語が展開していくのです。
新しいストーリーは、談話室の内容を踏襲しつつも全く別の物語となりました。タイムスリップと異世界のアイディアを採用したことで、よりフィクション色が強くなり、物語を自由に書けるようになりました。小説ですから、基本「ウソ」を書いていいのですが、ウソの中にどれだけのリアリティを持たせ塚ということも重要なので、談話室の設定よりは自由度が増したと思います。
そうして仮のプロットをある程度作ったところで、私は実際に物語を書きたい衝動に駆られて、プロットの完成前に物語を書き始めました。が、そうそう上手く行くはずもなく、すぐに限界を感じました。
まあ、いまにして思えば、ここで限界を感じたことも成長した1つの証だったのかなと思います。私は、また小説の書き方をネットで探り「写経」という言葉に出会います。
「写経」とは、文字通り、他の人の作品をまるまる写しとること。お勧めの「教本」として、綿矢りささん著の「ひらいて」や村田沙耶香さん著の「コンビニ人間」などが紹介されていました。Amazonで調べてみると、なるほど、それほどページ数の多くない小説でした。私は、即、ポチ! っとし、本は程なく届きました。
本が届いたその日から、私は自分の物語のことは完全に側に置いておいて、「ひらいて」から写経をはじめました。本を目の前で開いて、読んではパソコンのキーを叩き、写しとっていきます。ノートか何かに書いて写した方が良かったのかも知れませんが、自分の執筆がキーボード上で行われていることを考えると、キーを叩いたのも正解だったように思えるし、どちらがいいのか悪いのかは一概に言えないのではないかと、いまでは思っています。
写経の良い点は、結果として教本を何度も読み返すことになるという点です。
書き取るために読む。写す。次の箇所を書き取るためにまた読む。写す。
同じ所を何度も読むことになり、結果として教本を熟読、精読することになるのです。なので、場面の変化や人物の心理変化、行動変容などがより理解しやすくなったのではないかと思っています。それは「コンビニ人間」でも思いました。それぞれの本については「次に読みたい本がここにある」のVol.11、12で紹介しているので、ご参照ください。


本当は、写経はもうちょっとやろうかと思っていたのですが、2つめのコンビニ人間を写経している途中から、自分の物語を書きたくて、書きたくて。
なんとかコンビニ人間の写経を完遂して、私は自分の物語を書き始めました。
以下に掲載するのは、書き始めた当初の冒頭部分です。
タイトルに「第1章 ホアカリ」と、ホアカリの名を使っていることから、また意識の中に「談話室」を引っ張ってしまっていることも窺い知れます。この文章は最終的に「はじまりの言葉」というタイトルで「オブシディアンの指環」の第1章になりました。
先に載せた「蟠桃堂の談話室」の藤井夢心のイメージが全く違っていることにお氣付き頂けると思います。また、現在Amazonで販売中の「オブシディアンの指環 1 記憶の欠片」の冒頭とどんな風に違っているのかを読み比べて頂けると、私の作風がどんな風に変わっていったのかを感じ取って頂けるのではないかと思っています。





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