2023年12月15日。
文芸社との出版契約が終了しました。正直、あっという間の1年でした。
知らないことばかりの分野でしたが、ブックパレットのこともあり、おかげさまで大変勉強になりました。
文芸社との契約が終了して、再び著作権フリーとなった私。
今度は、電子出版に挑みます。
文芸社からは、2023年12月26日付で「出版契約期間満了のお知らせ」を文書でいただいていて、こういうところもしっかりしているのが、安心できますね。
それでも電子出版をすると決めたときには、文芸社に「内容を多少修正したものをAmazonと樂天で電子出版することを考えているけれども問題ないですか?」と、確認をしました。著作権云々で何かあったら大変ですからね。文芸社から「問題ありません」との回答をいただいて、電子出版の作業を進めました。
電子出版に際しては、文芸社から出版した文庫版で明らかになった誤字や誤変換などの修正点を一つひとつ修正して、また言葉足らずの文脈やあるいは重なった言い回しを整理して、回収し切れていなかった伏線を回収するなどの修正を加えて、さらには全16章を、一つひとつの章ごとに発行していくという手法をとりました。
理由の一つとしては、この「オブシディアンの指輪」という作品をできるだけ多くの方に読んで欲しかったこと。文庫本は、上巻が7章立て、下巻が9章立てという構成で、それぞれ900円という単価でしたが、ボリュームもあり、読むのが大変だったかも、という反省がありました(長編好きの方には好評だったようですが)。
一度、手に取って読んでいただければ、あとは次を読みたくなって、最後まで読破いただける自信はあったのですが、まずは最初を手に取っていただかないと始まりません。そこで1章を1作品として、100円で販売しようと思ったのです。
文章の修正も、またこの作品に手を入れることが出来る喜びと楽しさを感じながら、楽しく進めることが出来ました。が、私、その過程であることに気づいたのです。
それは、全部で16の作品を世に出すということは、同時に16の表紙を作る必要があるということ。
さて、どうしたものかと思案してたどり着いたのが「Canva」でした。
結論から言うと、大正解でした。
Canvaといえば、ビートたけしさんと劇団ひとりさんのコマーシャルがありましたが、まさにあの通りで、用紙のサイズを決めて、そこに素材を直感的に落とし込んでいくだけで、16章、すべての表紙を作ることが出来ました(第10章と11章は合併)。
作成した表紙は以下の通り















物語を紡いでいく作業も好きですが、この表紙を作る作業も楽しかったです。
なんてったって、物語のイメージを一番正確に持っているのが作者ですから。
2024年には、芦原妃名子さんの「セクシー田中さん」、最近では清水茜さんの「はたらく細胞」など、原作者とテレビドラマの製作サイドの間に大きな問題があったことが報じられていますが、これは「還暦おじさんの私的図書館」の第21回目で取り上げた「国宝」にも書いたのですが、
原作を映像化すると必ず何かが壊れます。
映画の場合には、2時間ないし3時間の時間枠の中で、原作の世界観すべてを表現することは困難で、必然、監督の描きたい場面、描きたい人間関係などを中心に原作を再構成することになります。
テレビドラマの場合には他局の同時間のドラマよりも高い視聴率を取らなければならず、こちらも原作との乖離が生じてしまうことになります。
「セクシー田中さん」も、「はたらく細胞」も、連載中だった作品でしたので、途中で原作のイメージが変わってしまうことは、原作者としては耐えられないことだったのだろうと、同じように物語を作った身としては、容易に想像がつくのです。
私も「オブシディアンの指輪」の映像化を目論んだことがありますが、相手にしてもらえなくて、今はよかったと思っています。
以前にも書きましたが、物語は読み手の手に渡って、読み手がページを開いた瞬間に読み手の物語になります。読み手の経験や価値観、そのものがりをいつ、どこで、どんな風に読むかによっても、読み手の頭の中に描き出される「風景」や登場人物の姿、声、立ち振る舞いなどが変わっていくのです。
みなさんも、物語を読むときに漠然と登場人物の姿を頭の中に描き、言葉をその人の声として「想像」しながら読んでいることと思います。だから、原作を先に読んで、あとから映像化された作品を読むと、どうしても違和感を抱くのだと思います。
私の場合、原作を先に読んでいて、それが映像化された作品の中で最も違和感のあった映画が「ゲド戦記」でした。
ゲド戦記は、私が通信制の八洲学園大学で図書館司書の資格を取得するために学んでいたときに読んだ本でした。このことは「自費出版への道 15 東日本大震災」の中でも触れています。
アーシュラ・K・ル=グウィン著の「ゲド戦記」は、1968年から2001年にかけて出版された小説で、日本では清水真砂子さんの訳による本が出版されています。
第1作目の「影との戦い」が最も有名で、その後「こわれた腕輪」、「最果ての島へ」、「期間ーゲド戦記最後の書ー」、「アースシーの風」が出版されています。
1作目から順を追って読んでいくと、ゲド(ハイタカ)が少年から青年へと成長していく様子から、第2作ではテナーとの出会いが、第3作目ではアレンとの出会いなどが丁寧に描かれていくのですが、ジブリの「ゲド戦記」は、この原作をまとめて一つの鍋に入れて、ぐつぐつと煮込んでこねくり回したような印象を、私は個人的には抱きました。
なので、映画のゲド戦記は、原作とは全く違う別の物語だと意識して観ました。
そうすると、それはそれで面白い作品になるのですが、やはり原作があっての映画作品なので、そう思うと、小説を原作とした物語を映像化するのは、相当難しいことなのだと言わざるを得ないのです。
しかも読書の場合には、情報は目から入ってくる文字のみです。それを個人の力量でイメージ化していくのですが、映像は目から絵が、耳から音が入ってきます。しかもその情報量は文字とは比較になりません。そう、強いのです
「オブシディアンの指輪」の電子書籍版は、2024年の1月からAmazonと樂天ブックスで出版を始めました。
原稿をチェックして、電子書籍にするために「EPUB」という形式に変換し、アップロードをするのですが、これがまたAmazonと樂天ブックスでは微妙にその形式が違うのです。樂天が独自の形式を使っているんですね。なので、EPUBファイルを、常に2つ、作らないといけなかったので、それはそれで面倒くさかったです。
当時のスケジュールを記録したファルがあったのですが、ちょっとファイルを整理していたときに間違って消しちゃったんですよね。大事な記録だったのに、もったいないことをしました。
全16章、実際には10章と11章を合併号にしましたので、作品数としては15。
電子書籍化の完了は、4月の末ごろだったと思います。
この電子書籍も全く売れませんでした。
ほんと、全く。自分の作品を個人の力で商業ベースに載せるのは、至極困難なことなのだと、改めて思い知らされた次第です。
でも、私はめげません。
次はどうしようかと思案していたら、見つけたのです。
Amazonのセルフ出版。そう、Kindle Direct Publishing です。
このサービス。もともとはAmazonで電子出版をした作品について、プリントを希望する購入者に電子版ではなく、紙の本で販売するサービスでした。それが、私がブックパレットで出版しようとしていた頃に、ちょうど日本向けのサービスが終了したばかりでした。
タイミングが悪かったと、当時は思っていたのですが、こうしていろいろ経験してみると、これでよかったのだと思うようになりました。
私には時間の神様がついているので(自分で勝手にそう思っている。けど、そう強く思えることがたくさん起こることもまた事実)、時間の神様がこの作品についてはこうしたプロセスが大事だと、そう私に経験させてくれたのだと思っています。
次回は、このセルフ出版についてのお話です。


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